サイケデリック・サスケのブログ
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書評 その8  『刑法総論』(西田典之、弘文堂) 3200円+税
書評 その8  『刑法総論』(西田典之、弘文堂) 3200円+税

僕はこの人の同じシリーズの
『刑法各論』を以前買って読んだことがある

とても読みやすい刑法の本だったことを覚えている
もしかしたら
通読した法律の本の最初だったかもしれない

この人は熊本あたりの人で
東大法学部を出た後
司法試験に受かり(在学中かもしれない)
弁護士になろうとしたところを
故平野教授に
学問の道を進むように促されて
学者となった人らしい

今回の本の前書きにも
そのことが書かれていた

東大には現在10人くらい刑法の先生がいるのだろうか
この人はその中でも最も年長のようである

同僚の山口厚先生ほど
有名ではないが
(山口先生の門下からは優れた刑法学者が輩出していることで知られる)
その学問は着実で
人柄は温厚だと
僕は各論を読んで判断していた

今回『刑法総論』を購入したのは
以前各論を読んで読みやすかったことを思い出したためである

2006年3月に出て
今は第3刷を重ねている

僕は弘文堂の法学シリーズが割合に気に入っている
『会社法』(神田秀樹)も
ブックオフで105円で購入している
(まだ読んではいないが)

このシリーズで
屈指の名著は
『民法総則』(四宮和夫、能見善久)である
能見が改訂に加わる前の初版がとてもすばらしいものだったと聞いているが
改訂された後も原型を留めている
僕の持っているのはブックオフで105円で買った(やれやれ)
第五版増補版である

皆さんも
刑法総論、各論
商法
民法総則は
弘文堂の法律学講座双書を読むとよいだろう



                           



                            
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【2007/11/12 16:27】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) |
書評 その7 『チーム・バチスタの栄光』(海堂尊、宝島社)
書評 その7 『チーム・バチスタの栄光』(海堂尊、宝島社)

犯人は麻酔医の氷室貢一郎である
とのっけから記すのは
これがミステリーだからである
医学ミステリーというのであろう

チーム・バチスタとは
東城大学医学部に助教授として
アメリカから招聘された心臓外科医
桐生恭一が率いる
心臓外科手術のチームのことである
(バチスタ手術とは
心臓肥大の患者に対する外科手術
肥大した心臓を外科手術によって
余分な部分を切り取り小さくするもの
正式名称は左心室縮小形成術)
それまで26例連続成功していたものが3例立て続けに
術中死が起こる
桐生から相談を受けた東城大学医学部付属病院長
高階権太(たかしな・ごんた)は
不定愁訴外来担当万年公使田口公平
という内科医に白羽の矢を立てる
そして田口はチーム・バチスタ全員に聞き取り調査を行い
実際の手術にも立ち会うが
皆目犯人の見当がつかない
高階病院長は
厚生労働省から白鳥圭輔という高級官僚を呼び
田口とともにさらに調査するよう頼む
白鳥はアクティブ・フェーズとパッシブ・フェーズの2面による
調査を行い
とうとう犯人を突き止める
それが最初に書いた
麻酔医氷室だったというわけである
氷室は麻酔医が「手術室の奴隷として」外科手術に
かかりきりにならなければならないことに
不満を感じていた
そして
桐生が一例失敗して術中死させた時
手術室の外科医達があわてふためくのを見て
カーニバルのようだと思い
それを再び味わいたいために
鼻から薬を注入して
(麻酔の一課程らしい)
術中死を演出していたらしい
白鳥がAI(オートプシー・イメージング、死者に対するMRI)によって
氷室の犯行を暴く
氷室は青酸カリを服用して自殺を図るが失敗する
田口は高階病院長の手によって
高階病院長を糾弾する正義の医師として
報道陣の前に立つ羽目になる
しかし
田口は機転を
利かせて高階が病院長として
今後の病院再建の道筋をつけないうちはやめてはいけないと
逆に続投するよう仕向ける
高階は実は引退して釣り三昧に浸りたかったのだ
田口は学生時代高階から
単位をもらった恩をようやく返すことができたと
安堵する

この小説は
「このミステリがすごい!大賞」第4回受賞作で
1200万を得たものであり
世評が高かった
僕も楽しみにして読んだのだが
文章はそれほどうまくはない
しかし作者が医者だけに
細部の医学的描写がやはり医者ならではのものである

TBSの手によって
2007年10月に映画化が決定し
田口の役を女性にして
竹内結子
白鳥の役を阿部宏が演じるそうである

早く見てみたいものである







【2007/11/02 12:37】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) |
書評 その6  『私の話』 (鷺沢萌、河出文庫) 
書評 その6  『私の話』 (鷺沢萌、河出文庫) 

筆者は2004年に亡くなった(2005年だったか)
いずれにしろ
30代半ばで逝った女流作家の私小説である

僕は彼女の小説をデビュー当時
熱心に読んでいた
しかし
そのうち
あまり名前を見かけなくなり
亡くなってから再び彼女の本を手に取ったのだった

この『私の話』は
1992,1997、2002年の三つの話が載っている
いずれも
筆者の身辺に起こった
事件を書いたものである

離婚、母の癌、祖母の死
立て続けに起こる不幸と戦いながら(陳腐な表現だが)
彼女はユーモアを失わない
(少なくとも文章の上では自らを客観的に描いて、ユーモラスである)

彼女の小説を立て続けに読んでいた頃
彼女の生前のインタビュー記事を読んだら
「私が死んだら処女作を書いた万年筆を棺の中に入れてほしい」
と書いていた
彼女はそのインタビューを自分で代筆し(インタビューアーは彼女の事務所の元秘書だったので融通が利いた)
そのインタビュー記事は自分の死を予感していたということになる

彼女は在日朝鮮人であるということを
二十歳を過ぎてから小説を書くため
父の戸籍を取り寄せて知ったのだという
そしてそれを小説に書き
祖母は
「おばあちゃんのことはもうよしておくれね」

自分が韓国籍だったことを
孫によって暴露されたことを
婉曲に非難した(と筆者には受け取られた)

彼女は祖母の死以来
ずっと
そのことについての罪悪感があったようである
(2002年の話でそのことが語られている)

もう死んでしまったが
彼女の作品は
いつまでも生き続けるだろう(陳腐な言い方だが)

それは
樋口一葉や
林芙美子
久坂葉子
のような作家たちと同じことである

だから
彼女の早逝を惜しむ必要はないのかもしれない
彼女は自らの可能性を実現して
作品に結実させることができたのだから
それはほとんど奇跡のようなものである
(それだけに本人にとってはつらかったのかもしれない)

私たち凡人にはわからない
才能ある人の悲劇として
彼女の死は
やはり惜しまれる
(前の記述と矛盾するが)

生前の鷺沢さんに会って見たかったと痛切に思う







【2007/10/25 12:24】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) |
書評 その5 『異色官僚』(佐橋滋、徳間文庫)
書評 その5 『異色官僚』(佐橋滋、徳間文庫)

この本を読んだのは
3回目である

1回目は20代前半
2回目は30代半ば
そして今である

それぞれの間に10年ずつ時間が隔たっていることになる
作者は『官僚たちの夏』(城山三郎、新潮文庫)の主人公のモデルになったことで知られる
「異色官僚」の佐橋滋である
彼は通産省(当時は通商産業省と言った、今は経済産業省か)の次官まで勤めた
大物官僚である

彼は普通の官僚と違い
出世よりも仕事を成し遂げることが
官僚の何よりの楽しみであると
考えた男であった

城山三郎はそんな彼の気質を愛して
『官僚たちの夏』で
風越信吾として彼を登場させている
城山の『官僚たちの夏』は
『異色官僚』の中の後半部分
佐橋滋が企業局長時代に
特別産業振興法を
通産省一丸のもとに提案し
国会で審議されないまま潰(つい)えてしまう
一部始終を描いたものである

しかし
僕はこの本の前半の
佐橋の少年時代から東大、若手官僚の時代の方が
読んでいておもしろかった

後半の通産省の幹部として
国のためにこの法案を通さなければ
と力む姿には
あまり共感が持てなかった

人はそれぞれ
持分というものがあって
この人は
課長までの時期がもっとも輝いていた人だち思う

しかしそれ以上の地位につくと
独り善がりで
自分の意思を省の利益、国家の利益だと考える
ところがどうも鼻につくのだ

若い時期は彼は
よき先輩、師に恵まれ
その指示のもと
思う存分力量を発揮できたが
年をとって
誰も指示してくれず
間違いをただす人がいなくなってしまってからは
空回りばかりするのが目立つようになる

官僚は国のために働くべきだ
ということになっているが
この本を読むと
官僚はその分際を超えて
国を動かしているのは自分たちだ
という錯覚に陥ってしまっているような気がする

国民が投票し民意を反映した国会があり
そこで決まったことを
忠実に実施すべき
官僚が
日本では
逆に政治家を動かし自分たちの立案した法律によって
国を動かしていく
そんなことが
今回この本を三度目に読んで見えてきたような気がする

官僚はもっと謙虚になるべきだ
それが僕がこの本を読んで得た感想である












【2007/10/24 21:51】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) |
書評 その4 『夢を与える』(綿矢りさ、河出書房社)
書評 その4 『夢を与える』(綿矢りさ、河出書房社)

久しぶりに読んだ小説である
近頃は法律書(というか答案集、『手形・小切手法』『会社法』など)ばかり読んでいる
それで
小説の柔らかい文体に酔った

綿矢りさの『インストール』『蹴りたい背中』に続く三作目(もっとも短編は一作あったが)である
福田和也を始めとする文芸評論家はけなしていた(福田は『週刊新潮』の連載ページを2ページ使ってけなしていた)が
僕の目から見ると
これはそれほど悪い作品ではない

もっとも
全部まだ読み終えていないのだが
書きたいことがあったので
忘れないうちに書いておくことにする

この小説は小さい頃(3歳)からチーズのCMに出続けている子役の話を描いたものである
最初両親の恋とその破綻、主人公が生まれたための「出来ちゃった結婚」の顛末が描かれる

フランス人の血を引く(ハーフなのか純フランス人なのか、名前が冬馬[トーマ]であるところを見るとハーフなのだろう)父親と
日本人の母親との間に生まれたのが夕子という主人公である

トーマという父親と母親の恋愛の部分ははっきり言って不出来である
頭の中でこしらえたものでしかない
だからこの部分だけを読んだら失敗作と言ってもいいだろう

しかし夕子の子役としての活動と成長過程には
綿矢自らが『文芸賞』を受賞して
特別扱いされてきたことについての体験を生かして
「セレブ」的日常の虚無が語られている
ここには等身大の綿矢りさ自身の投影を読み取ることができる

夕子は次第に自らの破滅へ向かって歩を進めて行く
それは避けようと思えば避けられたものだが
夕子は自ら破滅へと向かっていくのである

それは小さい頃から子役として感じて来た
ストレスによるものと言ってよい
期待された者はいつか自分にかけられた期待を裏切って
自分自身が演じてきた個性を破壊せずにはいられないのだ

翻って作者の綿矢りさはどうか
一作、二作と成功して
自分にかけられた期待が大きいのを知って
三作目で見事にそれをかわしたのではないか

この『夢を与える』では
『インストール』『蹴りたい背中』で
綿矢が見せた表現や描写が見え隠れする
(読む方でも探してしまうのだが)

綿矢は読者がそうするのを知っていて
わざと自分の柄ではない風に物語を紡ごうとする

この『夢を与える』でもっとも成功しているのは
中学の同級生多摩という少年のうちに行き
多摩の祖父も交えて食事をする場面だろう
読者はここに『蹴りたい背中』の
蜷川の家に遊びに行く場面を思い出すと思う

この作品は二十代の女性が書いた長編小説として
過不足ない出来のものといえる

ただ
『インストール』や『蹴りたい背中』の延長線上にあるものではないので
読者は少しとまどうかもしれない

しかし四作目、五作目を読んでから
この三作目『夢を与える』を読んだら
この第三作で綿矢が見せた可能性が
どのように展開していったのか
見ることができるのではないだろうか

これは
『インストール』『蹴りたい背中』とは別の設定をあえて設けて
綿矢が虚構に挑戦した作品として読まれるべきものである

したがって『インストール』『蹴りたい背中』を読まなかった人が読むと
作品の世界に素直に入り込めると思う

先に芥川賞を受賞した青山七恵の『一人日和』と比べても
遜色のない作品である













【2007/10/22 23:26】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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